≪詐欺師 堀口直人がいよいよニセ翡翠を売り出す! 水石業者 中川氏とのやりとり≫



中川さんとのやりとり



( 錦紅石をレッドジャスパーでなく

レッドジャスパーを錦紅石 の間違えでした


それと、仙人さんは美石というより

鉱物と翡翠拾いのレジェントです


また「府中」や「調布」は多摩川石が拾える地域ですが

多摩川石の水石会の人たちはみな80歳とかになるので

ちょっと考えられません )



中川さんは

「詐欺師堀口に加担するなといったメールがきている」

「つぎ、またこうしたメールがきたら色々対処をするから」

と言っています


これに関しては、中川さんの善悪判断は

逆さまだと思いますよ


まず、堀口は5年とかに亘ってヤフオクで

名前やら発送地域を変えて

詐欺的なことをしてきた事実がある


名前やら発送地域を変えているのですから

緋山が告発する以前は、被害者の人たちは

堀口がどこのどいつだかも判らないし

感情をぶつける先がなかったわけです


そうした溜まりに溜まった感情が

中川さんに向かったということです



厳しくみれば、中川さんにも矛盾はあります

被害者の声を無視していることです


電話で「まぁ話は色々あるだろうけど」と

言って、話題を変えていますが

これは、被害者の声を切り捨てたことになりますよ


被害者の声こそが一番大事なのに

それを聞こうとしない、知ろうともしない

それで日本水石協会においての

自身の体面ばかりを気にしています


あるいは、日本水石協会自体の世間に対する

体面ぱかりを気にかけています



まず、中川さんを「悪だ」と感情判断(価値判断)し

メールをした人たちのその感情の根源はなんなのか?

を理解しなければ、話の本質がズレてきます


つぎに、その根源の一端が

緋山のサイトの記事に関係するとしたら

記事の内容が、真実なのか、虚偽なのか?

の真偽を判断しなければなりません


そういったことをせずに、ただ

≪自分は、堀口の詐欺行為に関与していない = 善≫

という根拠から

「へんなメール」 をしてくる人たち = 悪 とするのは

価値の判断において

客観性、妥当性に欠けているのではないかと思います



要するに、5年も放置されてきたという

被害者の人たちの感情がある


また、緋山が、中川さんに電話をしてから

8ヵ月経っても、ヤフオクでの堀口の詐欺行為は止ないし

水石展に出品し、なにくわぬ顔をしてやってきて

うろついてもいるという事実もある


そうしたことからの

「詐欺師堀口に加担するな」なので

へんでもなんでもないメールなはずです



価値というのは、真実であるとか、虚偽であるとか

といったものではなく、好きか嫌いか、または、必要性です


必要性の価値とは、自分、あるは社会にとって

必要なモノやコトです


善の価値については

多くの人が正しいと信じているコトだったり

社会を健全に保つための必要性だったりします


一方、個人の思想、信条、倫理観といった

自分にとっての必要性に基づく「正義」や「善」もあります



なにが言いたいかというと

価値 = 必要性 というのは

判断する主体が誰なのか? で決まってきます


中川さんの価値判断は

≪自分は詐欺などに加担する人間ではない≫

といった自身の倫理観に基づいて

迷惑なメールをしてくる人 = 悪 と評価しています


これに対し、被害者の人たちは

詐欺に加担する中川 = 悪 と評価して

溜まりに溜まった怒りを排除する必要から

メールをしてきているわけです



だとしたら、双方の価値判断、評価の判断

の根拠となっている 中川さんが

≪詐欺に加担していたのか、していなかったのか≫

という真実性の判断


≪(実際は詐欺に加担していなかったとしても)

詐欺に加担したと信じるに足る

根拠があるのか、ないのか≫

という真実相当性の判断

が大事になってくるかと思います


そして、それを知るには、事実を一面的ではなく

多面的に検証しなければなりません



とはいえ、≪これは、水か火か≫などといった

真偽の判断においては

水が正しい(真実)、火は間違え(虚偽)といった

結論を出せますが


価値というのは、日本の法律において正しいとか

ある社会の倫理において正しいとか

でしかなく、価値には〔究極に正しい〕なんてないのです



そういった価値の性質を前提に考えてみても

被害者の人たちメールは、とても複雑な事情を孕んでいて

社会全般を、価値判断する主体と考えても

単純には善か悪かの判断はしかねます



8ヵ月前に、緋山は中川さんに電話をしています

そのとき、中川さんは、しっかりと堀口に説教したとのことです


しかし、重要な点は、中川さんは

「100%堀口を信用しているわけではない」

「私もちょっといかがわしいところがあると思い

そういう付き合いをしていた」

と自白しています


ならば、緋山が電話したとき

緋山の話をそのまま信じる必要はないですが

なぜ、そのあと自分で色々と調べなかったのですか?

という話になりますよ


結局、調べもせず、緋山の指摘を無視して

堀口の話を信じたということです



すなわち、緋山の≪延暦寺伝承石詐欺≫の話は

無視して (崩しようのない完璧な証拠を示しているのに)

堀口の「そんなことはしていない」

という言葉を信じて

「自分に迷惑がかかったら破門」と言っています



「自分に迷惑がかかったら破門」

これは堀口から金銭的な損失をうけた人たちの

被害、痛みはみえていない

自分の被害と体面のことしか見えていない

ということです



そしてその結果、「その後も結構、うちにきている」

「堀口との石の売り買いを続けていた」と

ここでもまた自白をしてしまっています



≪ちょっといかがわしいところがあると思いつつ≫

事実(確かな証拠と堀口に対する怒りの声)の指摘を無視して

「堀口との石の売り買いを続けていた」

というのは、重大な過失なはずです


これって間接的とはいえ

詐欺の片棒をかついだことには

ならないのでしょうか?



まぁ まぁ 以上はあくまで≪厳しくみれば≫であって

緋山もそろそろ60代ですが

中川さんは、私よりひと世代以上 上の人です


そうした人に「ネットで、色々と調べなかったあなたが悪い」

と言っても、実際というか、現実問題として

ムリがあるところもあります


とはいえ、家族や友人の力を借りるなどして

私の告発記事をみることはできたはずです



8ヵ月前に緋山が電話をしたときには無視しておいて

(あとから堀口に対して注意をしたという連絡もこないし

もっと言えば、緋山の電話番号すら控えていなかった

つまり、緋山を軽くあしらっておいて)


今回、迷惑なメールがきたり

日本水石協会から指摘をうけたら、あたふたする


それって、緋山をなめていたことになるのは

理解できますよね



つまり、被害者の人たちに対しても

緋山に対しても そうですが

人間を軽くみているから

あとで大変なことになるのです



だからと言って中川さんが悪人かと言えば

そうではない


むしろ緋山なんかより

ずっと善人だと思います

日本の文化に貢献してきた方でもあるでしょう


善人だからこそ、逆に堀口につけこまれる


善人だからこそ

≪信用≫に価値を置かない堀口のような怪物を

≪信用≫という倫理で説得できる

と思ってしまったのではないでしょうか・・・



緋山は5年間「時間論」をまとめることに専心していて

石からまったく、心が離れていました


その間、緋山の知らないところで

堀口はヤフオクの商品説明において

≪緋山酔恭の山水石美術館≫の記事を

さんざん利用していたのです


つまり、緋山のあずかり知らぬところで

緋山に、詐欺の片棒をかつがせていたのです


中川さんの場合、緋山のこれとは違い

善人ゆえに、堀口の言い逃れを

信じてしまった結果、大変なことになってしまっている

ということなのです



そもそも緋山が、中川さんをひっぱり出した目的は

そこまでしないと、堀口の暴走は止められないからです


もっと言うと、中川さんを糸口として

日本水石協会までひきずり出して動かさないと

堀口は野放し状態、放置のままで

まだまだ騙される人がでるからです


もともと中川さんを徹底的に

やっつける気などありません


いずれにしても、緋山の思い描いていたとおりに

コトが動いたわけですから

中川さんには感謝しかないです



それから、【中川さんの善悪判断が逆さまではないのか?】

と先述しましたが

緋山なら(中川さん曰く)「へんなメール」に

こう対処します


≪堀口とは3年に亘って、交流がありましたが

(中川さん自身が会話の中で

2、3年交流があったと明かしている)

その間、彼の悪事を見抜けなかったのは、私の不徳です


さらに、緋山という人から、指摘をうけたにもかかわらず

堀口のしてきたことと、関係者怒りの声を確認せず

その後も、被害が今日まで放置され、拡大したことは

私の過失です その点においては謝罪します≫


そこではじめて

≪ただ自分は、堀口の詐欺行為に関与していません

そこは信じてください≫


≪今後のこととしては、19日に彼に会うので破門を通達し

29日の日本水石協会の理事会において彼を弾劾しますので

それでご理解していただけますでしょうか?≫



中川さんが、緋山の価値基準で語る必要はないですが

「へんなメール」を止めさせたいと思うならば

こうした方がいいのではないでしょうか

ということです



「お金」というのは≪未来≫そのものなのですよ

高齢者ならば、老後の安心になったり

妻を温泉旅行に連れて行って楽しませることができたりと・・・

そうした未来を、堀口がだまし取っているのです


結局、≪日本水石協会という金看板≫

そんな はったり、こけおどし、門構えが

中川さんにとって、被害者がうけた痛みよりも

価値的なのですか? という話に尽きるということです




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